わが街 探訪 葛城市議会議員
 吉 村 ゆ う こ
葛城市議会議員 吉村ゆうこ
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【 寺 口 】 大字名の由来

寺口の「寺」は布施氏の氏寺であった置恩寺(布施寺ともいう)をさし、この寺を中心に発達した門前町であることからその名があり、中世以降の文献に地名として見られます。

その他、寺口には布施氏の居城であった布施城跡が二塚古墳の西側の山の中腹にあり、ふもとには布施氏の氏神で下照比売命と菅原道真の二神を祭神とする博西神社があります。

このように、布施氏を抜きにして寺口が語れないほど、強い結びつきがありました。

・二塚古墳(国指定史跡)【解説】 ・寺口忍海古墳群【解説】
二塚古墳(ふたつかこふん)・国指定史跡 二塚古墳(ふたつかこふん)・国指定史跡 寺口忍海古墳群(てらぐちおしみこふんぐん)
・浄願寺【解説】
浄願寺(じょうがんじ)
・置恩寺【解説】
置恩寺(ちおんじ)
・博西神社【解説】
博西神社(はかにしじんじゃ)

・葛城山麓公園【解説】
葛城山麓公園 葛城山麓公園 葛城山麓公園 葛城山麓公園

・置恩寺の薬師お会式【解説】
置恩寺 ご本尊の薬師如来坐像 僧侶による転読(てんどく) 各種団体の役員も一斉に転読を行う 僧侶も御供まきに参加 せまい境内が村の人でいっぱいに 後ろに見えるのが薬師山 十一面観音立像

寺口は、置恩寺の門前集落。江戸時代初期、旗本桑山左近(貞晴)の領地。貞晴の子貞利に子がなく、寛永十三年十一月n改易となる。同十五年十二月貞利の弟貞寄りがその名跡を継ぎ、再び旗本桑山藩領となり、幕末に至るまで統治された。  明治八年三月、寺口村・中戸村・大屋村・藤井村が合併して金沢村となったが、同十五年一〜三月の間に各村分離独立して、もとの寺口村となった。



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