わが街 探訪 葛城市議会議員
 吉 村 ゆ う こ
葛城市議会議員 吉村ゆうこ
ライン

ご挨拶
プロフィール
理念 目標 姿勢
活 動
アルバム(随時更新)
コラム
ご意見・ご感想
後援会・事務所案内
リンク集
わが街 探訪


葛城市ホームページ
・葛城市の紹介・概要
・葛城市民憲章
・葛城市の市章
・「葛」の字について
・市歌・木・花・鳥
【 南花内 】 大字名の由来

南花内の「花内」は、北方の北花内の「花内」と相通じる地名で、北花内の所在する宮内庁所管の「飯豊天皇埴口丘陵」の「埴口」が転訛したものと考えられています。

埴口は、埴内、埴日、埴田などとも記され、「日本書紀」に次いで撰上(せんじょう)された歴史書である「続日本紀」の天平6年(734)6月条に、葛下郡の花口宮麻呂が私稲を散じ貧民を救済したとあり、宮麻呂なる人物がこの地に居住していたとすると、「埴口」が「花口」に転訛していたことになります。その後「金峯山免田田数注進状」に「ハナウチ」とあり、「花内」と書かれるようになったものと思われます。

元禄年間の国郷帳では、花内に「ハノチ」に訓を付す。慶応郷帳では「南花村」とあり、福島兵部領。寛永十年旗本佐久間実勝領。正保四年からは旗本水野忠貞領となる。幕末に当村から新町村が分離独立した。分離独立の理由は明らかでない。



お待ちしています

投稿募集! あなたの街を紹介してください!詳しくは【こちら】

【当サイトのご利用にあたって】 このページの上部へ↑
Copyright (C) 2013 吉村ゆうこ All Rights Reserved.